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  五街道
2000.2.26
 

東海道は江戸と京都を結ぶ主道路でした。そしてこれを主線として、中仙道、甲州道、日光道、奥州街道の五線を「五街道」と言います。さらに各街道から別れでている小道を「脇街道」と呼んでました。五街道について少し詳しく述べてみましょう。

東海道

歴史的な背景については前述してますので省略します。 江戸の日本橋を起点として、ここから京都三条に至るまで一二六里半、五十三駅がおかれました。京都から大阪に至るまで一三里。間に伏見、淀、枚方、守口と四駅ありますので、江戸と大坂は五十八駅となります。なお現代の列車の東海道は、東京・神戸間のことを言います。

中仙道

起こりは古く奈良時代以前には開通していたと言われてます。奈良時代に奈良が交通の中心だったことで急激に整備されました。また江戸時代になって幕府は東海道と中仙道の整備に力をいれました。

江戸の板橋から今の滋賀県・守山へ至る間の百二十里、六十七駅。ここから草津と大津を加えた七里半で京都へ至りますので、中仙道は六十九駅で江戸と京都と結ぶことになります。合計百二十七里半となり東海道より若干長くなります。別名で木曾街道とよばれるように山中を抜ける街道ですので、東海道より道中は険しかったと思われます。

日光街道

江戸時代になって、幕府の信仰の厚かった日光東照宮へ至るために整備されました。江戸と日光を結んでいます。

日光道は千住から日光までの全二十一駅で構成されていました。

奥州道

江戸と北陸を結ぶ街道です。千住から白川までの三十一駅が置かれていました。

甲州街道

内藤新宿から石和までの間、二十八駅をいいます。甲州街道から諏訪を経て、中仙道へと合流し京へ至ることもできました。

       
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