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  旅籠
2000.1.31
 

「はたご」という言葉は元々は馬の飼い葉を入れるカゴのことだったと言います。それが転じて、旅行用の食料をいれる器、そしてそれを出す宿のことを指すようになったといわれてます。

旅籠の数は宿によりさまざまですが、資料によれば、東海道の宮宿(熱田)の二百四十八軒というのが最多となってます。もっとも少ないのが石薬師と庄野の十五軒でした。規模や内装は、現代の宿屋と同様、旅籠とにさまざまです。畳敷きの部屋は少なくたいていはムシロ敷の部屋がありました。中にはすべてムシロ敷という宿もあったようです。

旅籠は一人旅の者には細心の注意をはらってました。当時の旅では、一人旅は滅多になく、あるとすればスリや強盗のたぐいだと考えられていました。ですから一人旅の者やそぶりの怪しい者が旅籠に泊まると役所に届け出を出すことが義務づけられていました。

当然のことですが、旅籠の経営者にとって泊まる人が多いにこしたことはありません。そこで格旅籠は「留女」とよばれる客引き専門の女性を雇い入れてました。時代劇などでご覧になったこともあるかもしれません。なかには客の奪い合いもあったようで、そのあたりの様子は古い記録にたくさん出てきます。

また他の旅籠と差別化をはかるために、「飯盛り女」とよばれる給仕を置くことも許されていました。飯盛り女のいる旅籠を「めしもり旅籠」といい、いない旅籠を「平旅籠」と呼ぶこともありました。

なお宿場と宿場の間に距離がある場合、「間宿」と呼ばれる施設がありました。ここは休息するだけで宿泊は許されなかったと言います。

 旅籠の様子と留め女
「東海道五十三次の内・御油宿」
       
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