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宿場には大きく三つの仕事がありました。ひとつは、旅人と荷物を次の宿場まで運ぶ継立。そして旅人の宿泊や休息施設の提供。それと飛脚などの通信業務の三つでした。このうち、継立と通信業務のため、人馬や飛脚をそろえた場所が問屋場です。宿に問屋場が二カ所あれば半月づつの交代でその業務を行うのが常でした。
問屋場は、問屋を主として、その助役に年寄、事務担当に帳付とよばれる人で一般には構成されていました。普段、問屋や年寄は交代で業務を行いますが(二人なら半月づつ)大名が宿場に宿泊する場合などは全員が詰めて業務を行うのが通例でした。
また東海道の宿では一日に用意できるは馬百匹、人足百人までと規定されていました。普段はこのなかで問屋場が一日の業務の割り振りを行いますが、宿内の人足でまかなえない場合は、近隣の助郷役とよばれる人々を臨時に雇うことで急場をしのぎました。
もう一つの重要な仕事は飛脚業務です。飛脚の中でも幕府の公用物を運ぶ飛脚を特に、継飛脚といいますが、これを扱えるのが問屋場でした。継飛脚が扱う公用物は、江戸では老中が、京都では所司代が出す書状や御用物で、到着すると書類に汚れがないかまで点検して受領したといいますし、急を要する書状も多かったので、それだけ重要な業務を問屋場は任されていたことになります。
また問屋場は大名、公家以外にも一人旅の武士、僧侶・神官でも利用することができました。
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