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参勤交代で江戸と国元を往復する大名と供する人々の行列のことです。旅中にあっても戦陣に臨むつもりで大名は行動するのが江戸時代の建前となってましたので、行列も軍隊編成で行われました。鉄砲、刀、弓、槍などの武器や合羽や着替えなどの衣類を携行しなければならないかったので、小大名でも最低百人程度は必要だったと言われてます。
また、この人数も大名の規模で定められていました。定められた当初、武家諸法度によると人数は次のようになっていました。
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二十万石以上
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馬上
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15〜20騎
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足軽
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120〜130人
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中間人足
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250〜300人
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十万石以上
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馬上
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10騎
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足軽
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80人
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中間人足
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140〜150人
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五万石以上
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馬上
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7騎
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足軽
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60人
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中間人足
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100人
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一万石以上
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馬上
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3,4騎
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足軽
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20人
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中間人足
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30人
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馬上というのは馬に乗る武士のことで、馬上一騎につき、槍持ちや、指物持ち、馬の口取りなどの従者が十人ほどついたといいいます。ですから馬上二十騎というだけで、およそ二百人近い人が大名行列に参加することになります。
江戸時代、最大の石高藩であった加賀藩で二千五百人。鹿児島・島津では千二百人の行列となったと記録にあります。また大名自身は行列の中程かやや後ろのあたりにいるのが普通でした。たいていは駕籠にのっていたようですが、馬にのる場合もあったようです。
江戸の初期のころは、大名行列は各藩の権威を競い合う場でもあったらしく華麗なものでしたが、やがて形骸化し、経費がかさむこともあって行列は次第に簡素化されていくことになります。
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