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ここは「京立ち石部泊まり」と言われたように、京都から江戸へ下る旅人が一番はじめに泊まる宿場でした。上りの、保土ヶ谷宿に性質は似ているといえます。宿場の規模としては旅籠三十二軒と多く宿泊客が多かったとことを示しています。
また石部は人形浄瑠璃『桂川連理柵(れんりのしがらみ)』の舞台となった宿で、江戸期にこれが初演されるとたちまち石部の名は知れ渡り、多くの旅籠が「お半長右衛門恋の宿」と書いた看板をだしたといいます。
なお現在の石部には当時の宿場町の面影をとどめるものはほとんどありませんが、唯一本陣跡(小島本陣)が残っています。
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