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尾張熱田・宮宿から海路七里を経るとここ桑名宿へと到着します。日本書紀にも桑名の名がでてくるように、その歴史は古く壬申の乱に際して大海人皇子(天武天皇)が吉野から美濃へ向かう途中に桑名に立ち寄るという記述がでてくるぐらいです。
江戸時代になると、桑名城の城下町としてでなく、木曽・揖斐・長良川の三河川が落ち合う水陸の要所として、物資流通の中継点となり繁栄を極めました。
また桑名宿は伊勢の国への入り口の宿でもあったので、伊勢宮の参詣者などでもにぎわいを見せました。
しかし江戸・元禄年間と享保年間に桑名宿は大火に見舞われほとんど消失してしまいます。その後復興するも明治維新の戦いで桑名城は破壊、また昭和三十四年の伊勢湾台風で桑名市は甚大な被害をうけることになります。そういう歴史もあって現在の桑名は、かつての面影は全くないといっても良いでしょう。
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