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白須賀のその名の由来は、「白い砂州の上に開けた集落」という意味で、鎌倉時代以降和歌や多くの文献にその名が出てきます。
白須賀はもともと海岸よりに宿場がありましたが、津波で甚大な被害をうけ今の場所に移されました。もともとは汐見坂の下にあったといいます。元々の白須賀の宿の跡は、今では元町とよばれています。
古い東海道の見聞録でも「一里山、東海道にて一里の間人家なきはここばかりなり」と記されているように、ここ白須賀は松山松林が続く閑静な山村でした。実際、大半の大名はここは素通りし浜松・舞阪、西であれば御油・赤坂に宿をとったといいます。
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