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興津は「おきつ」と読みます。興津は鎌倉時代に興津氏がこのあたりを支配したからその名がついたとも言います。
ここは宿の東に興津川をひかえ、広重の東海道五十三次にも川越の様子が描かれています。なおこの川越えは仮橋渡河といい、関連知識の川越の項目にも書いてますが、冬季は仮橋がかけることが許されてた場所で、人足による渡しはそれ以外の季節に行われていました。そういったこともあってこの宿は多くの旅人でにぎわった宿でした。
また興津には東海道を代表する名刹、清見寺がありました。清見寺は度々日本史にその名がでてくる寺で、古くは足利尊氏が手厚く加護をした寺でした。戦国期になって荒廃しますが、今川氏の統治時代には再び再興され、人質時代の徳川家康もこの寺で遊んだと伝えられています。
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