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戸塚宿は、当初東海道の宿駅にはなっていませんでした。
手前の保土ヶ谷と次の宿駅の藤沢まで四里あり、また道も険しかったので、戸塚あたりで荷駄の手伝いをする者が多数あらわれました。一般の人の荷駄の手伝いをして賃金を得ていいかわりに、幕府等の公務のために無償で人足を提供する伝馬という義務が宿駅にはかせられていました。しかし戸塚でおこなっていたような荷駄はするが伝馬は行わないことに対して隣の藤沢宿から幕府に抗議がなされました。こうしたいきさつによって戸塚は東海道の宿駅に正式に加えられることになります。
また戸塚は鎌倉・浦賀方面にいく人々もここを利用したので、大いににぎわったといいます。
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