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現在でも神奈川県の県名として残っているこの宿場は、海に面して旅籠が並ぶ長細い宿場でした。安藤広重の浮世絵にも描かれているように風光明媚な景勝地だったようです。特に神奈川台と呼ばれた地域から望む展望は「東海道中膝栗毛」をはじめ多くの書物にそのすばらしさが伝え残されています。
神奈川宿はまた日米和親条約締結の舞台として歴史に名を残しています。幕末、アメリカ使節との交渉はここ神奈川宿からほど近い横浜村で行われました。日本の代表団は神奈川宿を宿舎として交渉に赴いたといいます。また神奈川沖に停泊する外国船をひとめみようと、連日のように多くの人々がここを訪れたといいます。
開国後は神奈川港が開港場となりました。宿場近くの多くの寺院が外国の領事館にあてられ、日本の玄関としてにぎわいましたが、さまざまな理由から近くの横浜へと開港場は移されることになります。やがて神奈川港は閉鎖され、いまでは埋め立てられて、かつての面影は残念ながら見ることはできません。
また街道名物は「亀の甲せんべい」です。これは今でも焼いて私たちに出してくれる店があるようですので、是非一度味わってみてはいかがでしょうか。
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