旅立つ時には水杯を交わして旅立ったと伝えられる程かつての旅は過酷なものでした。ですから旅人にとってここ品川は、初めの宿泊施設というよりは親しい人との別れのひとときを過ごしたり出迎えの人と再会する場所でした。そして送迎には酒がつきものとなります。品川の遊郭は、「北国」と呼ばれた新吉原に対して、「南国」「みなみ」と称されるほど大変にぎわったと言われてます。また当時、桜の名所であった御殿場山や潮干狩りの袖ヶ浦などを近隣にかかえ、江戸近郊の庶民の娯楽地としも盛況をきわめました。 なお品川宿は、北本宿、南本宿、歩行新宿の三区画で構成されており、南北宿を分ける川が品川といったことよりこの地名がついたといわれてます。